カモラジオ第91回は、こどもソーシャルワークセンター理事長の幸重忠孝さんをゲストに迎え、「ヤングケアラー」をテーマにお話を伺いました。ヤングケアラーとは何か、その見えづらさ、そして支援のあり方について、現場の視点から深く語り合います。
幸重 忠孝さん
こどもソーシャルワークセンターの理事長・代表。社会福祉士。龍谷大学非常勤講師。不登校・貧困・ヤングケアラーといった課題を抱える子どもたちの支援や、地域での「居場所づくり」に尽力している。こどもソーシャルワークセンター ホームページ
こどもソーシャルワークセンターとは
少子化が進む中、こどもや若者が自ら命を絶つ自死が増え続けています。ヤングケアラー、虐待や貧困など苦しい家庭環境で暮らすこどもたち。学校で勉強についていけない、いじめがある、集団生活が苦しいなど様々な理由で不登校になっているこどももいます。こどもソーシャルワークセンターは理由はなんであれ、しんどさを抱えているこどもたちが地域のつながりの中で「自分が大事にされている」「今日は楽しかった」と感じる場や活動を、地域のボランティアの力を借りてこどもや若者たちと共につくり続けています。
(こどもソーシャルワークセンター ホームページ より引用)
ヤングケアラーって何? ― 定義のわかりにくさ
井ノ口第91回はヤングケアラーというテーマで、お話を伺っていきます。まず私がヤングケアラーについて調べてみたんですけど、こども家庭庁のホームページには「本来大人が担うとされている家事や家族の世話などを日常的に行っている子供・若者のこと」と書いてありました。ただ、ぶっちゃけピンとこない。



ですよね。これも去年やっと法律ができたところなので、どういう形で表現するか難しかったんですけど、文章にするとこうなるみたいですね。うちのセンターって、何らかのしんどさを抱えた子どもたちがやってくる場所なんですけど、そこにヤングケアラーの状態の子たちが結構来てるんです。この説明に当てはまるのは当てはまるけど、具体的に何なのかっていうと本当にいろんなパターンのケアがあるなって思ってます。



私も今はヤングケアラーの子たちの大変さって少しわかるようになってきたんですけど、最初は「家のことを手伝っている」だけだったら普通のことじゃないのって思ったこともあったんです。ヤングケアラーの問題って、どこが大変なんでしょうか。



結構ヤングケアラーを紹介するときに、ネットやテレビ、新聞でもわかりやすいケースを紹介しがちなんですよ。たとえば井ノ口さんだったら、ヤングケアラーってどんな人をイメージします? どんなケアですか。



例えば、家族の介護をしないといけないとか、家事をしないといけないとかですかね。
見えにくい「精神的なケア」と「言語のケア」



やっぱりわかりやすいところで、親が病気だったり寝たきりになって、食事やトイレ、家事を子供が担わないといけないっていうのは紹介されやすいんですけど、ケアってそれだけじゃないんです。たとえば精神的なケアを必要とする家庭の子って、うちのセンターにもたくさん来てるんです。
子どもって基本的に親や大人に「聞いて聞いて」っていろんなことを話したがるものだと思うんですよ。でも大人側に聞く余裕がないと聞けない。病気のためだったり、ひとり親家庭で仕事を二つも三つも掛け持ちしてたりすると、子供はいつも気を遣って「お母さん忙しそうだからこのこと我慢しよう」「学校にこれ持っていかないといけないけど、自分で準備しよう」とか。心も親のことを気に病んでサポートして、中高生ぐらいから親の相談役になってるような子もいますね。これもメンタル的なケアの一つなんです。
あとは外国籍の家庭で、親御さんが日常会話はOKでも文章を読んだり書いたりが苦手な場合、学校で文字を読み書きできる子供が通訳をしないといけない。そうすると自分の時間が取れない。こういった言語のケアのヤングケアラーもあります。さらに経済的な事情を抱えている家庭だと、高校生ぐらいからバイトに追われてしまう子もいる。
本当にいろんなパターンのケアがあって、結局これって何なのかって言ったら、本来子供が持っている権利が奪われているということ。休んだり、いっぱい遊んだりすることが大事なのに、それがケアの時間や気持ちに取られて奪われてしまってる。これがとても大きい問題だなって思いますね。
「当たり前」が当たり前じゃない子どもたち



私が小学生や中学生だった頃は、帰ってきたら当たり前にご飯があって、洗濯物はポイっと投げ散らかしておけば次の日には乾いてる。夜はもちろん温かい布団で寝て、学費も払ってもらって、申し訳ないなんて思ってなかった。当時は気づかなかったけど、あれは親が私のことをケアしてくれてたんだなって今は思うんですよね。



そうですね、子育てってある意味全てがケアとも言えるかもしれませんよね。



そう、当たり前だったから気づかなかったけど、それが当たり前じゃない状態の子たちがいるんだって。



家族自体が病気や障害を抱えていたり、経済的な事情や言葉の壁があると、当たり前と思ってることが奪われてる子供たちがいる。そういう子たちも普通に地域で暮らして、普通に学校に通ってるわけだから。でも同じようにできるかって言ったら、やっぱり絶対できないんですよね。
ヤングケアラーに「気づく」難しさ



でも環境って自分では気づけないじゃないですか。「私、ヤングケアラーなんです」って子供が直接相談しに来ることはないかなと思うんですけど。



ないですよ。百歩譲って中高生ぐらいになって自覚的になって、外に相談できる力があったら喋ることはあるかもしれないけど、小学生の低学年の子たちが自分でヤングケアラーだと思ってるわけはないので、やっぱり本人が気づくのは難しいですよね。



幸重さんがそういう子供たちのSOSに気づくために、どんなことを気にしてますか。



専門家として学校現場にスクールソーシャルワーカーとして行ってるわけですけど、子供自らが困り事を言ってくることはまずないと思ってるので、見つけるべきは大人なんです。わかりやすく「助けてください」って言ってくるわけがないので、「あれ?」っていう違和感を見つけるアンテナをしっかり張るようにしてます。
一般的に言われるのは、忘れ物が多かったり、宿題ができてなかったり、遅刻が多いっていうこと。家でケアをしてたら、宿題する時間も持ち物を揃える時間もないわけですから。



私はすごく忘れ物が多かったんですけど、親が「あんたこれ忘れてる」って届けてくれたり、3個下の弟の教室に行って「ごめん貸して」って体操服を借りたりしてました(笑)。名字が一緒だからばれないんですよね。



そうそう、そうやって家族が支えてくれたりできたらいいんだけど、それができないと「いつも宿題してこない」「いつも持ち物を持ってこない」ってなる。学校は教育上「ちゃんとやろうよ」って言うんですけど、実は大多数の子供たちって、かなり家庭のサポートがあってできてることが多いんです。それを言ってくれる親がいないとか、病気でお布団から出れないような状態だと、自分ではできない。
あとケアをしてる子って大人の役割を背負ってるから、困り事で出てくるよりも、めっちゃできることとして出てくることも多いんですよ。でも違和感がある。「この年齢でなんでそこまで気遣うの? 人の顔色見て」って思ったときに、それは家でも染み付いちゃってる可能性がある。先生方にとっては発見するのが一番苦手なタイプで、「しっかりしててよく来てるんです」って言うんだけど、よく見るとちょっとおかしい。そういうところからアンテナをキャッチしながら、福祉の専門家としていろんな情報を確認していく中でだんだんわかってくるっていう感じですね。
フリースクールが持つ「気づき」の力



やっぱりヤングケアラーの子に気づくきっかけとして、学校やフリースクールっていうのは意味があるんですかね。



学校以上にフリースクールなどは、子供とゆっくり関わっていて、せかせかしてるところは少ないと思うので、見つけやすかったり、本人がポロポロっと言いやすいんです。大人が忙しくしてると、子供は「聞いて」とは絶対ならない。暇そうに大人がしてるぐらいの方が、「喋っていいかな」ってなる。特にヤングケアラーは気遣いする子が多いので、そういう環境が大事なのかなと思いますね。
ケアをなくすより、「子どもの権利」を取り戻す支援



ヤングケアラーの支援と言っても、すぐに「気を使わなくていいよ」って言ったところで、問題が解決するわけではないですよね。幸重さんにとって、ヤングケアラーの支援や解決ってどんなことだと思いますか。



ケアそのものは家庭の中で起こってるので、福祉サービスなどで一定軽減させることはできるかもしれないけど、ゼロにすることはほぼ難しいと思うんですよ。家庭から子供を離して施設で生活するとかでもない限り、無理だと思います。
残念ながら日本の福祉制度って結構貧弱で、使えるものが少なかったり使い勝手が悪い。だから子供たちにとっては、ケアをなくすことよりも、子供の権利が奪われてる部分を代わりにカバーすることが大事なんです。家族で本来できてることを、地域やうちのセンターの大人たちが代わりに体験や物を提供する。奪われてしまった子供時代の経験を埋めること。それが積み重なってくると、ポロポロと困りごとも喋ってくれるようになるのかなと。
一番もったいないのは、相談窓口を作って「ここに連絡したら話乗ってくれるよ」って紹介すること。大人には効果があると思うけど、子供にはほぼ届かない。「それじゃないよ」って言いたくなることはやっぱりありますね。



前回、こどもソーシャルワークセンターの活動には、クリスマスパーティやキャンプに行ったりっていう話がありましたけど、外から見ると「それって普通のことじゃない」とか、フリースクールでも「遊んでるだけやん」って視線を向けたくなってしまう。私もそういう気持ちが元々あったんですけど、今の話を聞いて、それこそが大事なのかなって思います。



うちでは特にお泊まりの活動とかキャンプとかをやっていて、自分自身も子供時代から地域の団体でゆったりした場所で過ごす時間がすごく心地よかった。今来てる子たちにもほとんど経験したことがない子が多いので、やっぱり経験させたいんです。でもなかなかわかりにくくて「そこまでしなくていいんじゃない」って思われがちなんですけどね。
実はヤングケアラーの支援で大津市や滋賀県の子たちをサポートしてるんですけど、この取り組みが注目されて、こども家庭庁の補助を受けて、全国のヤングケアラーを集めて滋賀県でキャンプをついこないだやったんですよ。北海道から九州まで、10代の高校生や学生世代のヤングケアラーさんたちを集めて、琵琶湖汽船さんの船をチャーターして竹生島までクルーズしました。贅沢に見えるかもしれないし「散歩しても琵琶湖見えるやん」って言われるんですけど、多分違うんですよね。残るものが違う。そういうことがすごく大事だと思って、いろんなことやってます。
支援を「社会に広げていく」ということ



幸重さんがヤングケアラーのサポートや支援をする中で、今後こんなことができたらいいなとか、これが必要だなって思うことはありますか。



うちのこどもソーシャルワークセンターっていう名前にはソーシャルワークって言葉が入ってるんですけど、ソーシャルワークは人をサポートするだけじゃなくて、社会に働きかけることを目的にしてるんです。手応えがある取り組みを社会に広げていくということを今しているところで、「やってみたいな」っていう人たちや仲間が増えたり、団体でやらなくてもそのエッセンスを知り合いや親戚、地域でいろんな形でサポートできるようになるといいなと。
昔はそういうのが当たり前にあった時代もあったのかもしれませんけど、今は令和なので、今の時代に合った形でサポートできると、子供たちは安心安全を取り戻して元気になるのかなと思っていますし、その場を広げていきたいと思ってます。



ありがとうございます。では、第91回はここで終わろうと思います。ありがとうございました。



ありがとうございました。
まとめ
今回は、ヤングケアラーの子供たちの見えづらさについても触れる回でした。そうした子供たちの生きづらさを私たちはどうやって受け取ることができるのか、そのアンテナの伸ばし方についても考える時間になったように思います。まずは自分が置かれている「当たり前」について、一度立ち止まって振り返ってみるところから始めるのもいいのかもしれません。
番組の最後に話題になった、全国のヤングケアラーの若者たちが年末に滋賀県に集まって合宿キャンプを行った取り組みについては、こどもソーシャルワークセンターのブログに活動レポートや参加したヤングケアラー本人の声が掲載されています。概要欄にリンクをまとめてご紹介していますので、ぜひチェックしてみてください。
こどもソーシャルワークセンター ブログ(ヤングケアラーキャンプ)
今回は家庭のしんどさについて深めていきましたが、来週からは学校のしんどさとして「いじめ」について、引き続き幸重さんと一緒にもう少し深く考えていきたいと思います。こどもソーシャルワークセンターの活動については、ホームページやSNSでも日々の様子が発信されています。リンクも貼っていますので、そちらもぜひご覧ください。
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