#31「ホームスクーリングって何?〜多様な学び紹介〜」藤村ゆみえさん(2024.11.11)

「学校行かないカモラジオ(カモラジオ)」第31回は、はるやゲストハウス(Haruya Guest House)の藤村ゆみえさんをゲストにお迎えしています。今回のテーマは「ホームスクーリング」。4人のお子さんを育てる中で、長男のホームスクーリング経験を通じて見えてきた「学びの本質」について伺いました。

藤村ゆみえさん
滋賀の朽木ではるやゲストハウス(Haruya Guest House)を営みながら、「足元からの楽園づくり」をテーマに自然に根差した暮らしを実践している。学校に行く・行かないの枠を超えた子育てを行い、ホームスクーリングも経験した。
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ホームスクーリングとは

井ノ口

ホームスクーリングというのは、どんなふうに説明されますか?

藤村

学校教育ではなくて、家庭がベースの自由な学びという感じですね。ちょっと最初にお断りしておくんですけど、4人の子どもがいまして。一昨日25歳になった長男と23歳の次男がホームスクーリングの経験者です。下の2人はこの土地で育って、中学まで普通に学校に行ってます。末っ子は11才になったばかり。ですから、ホームスクーリングについてお話するのは、特に長男のことになるんですね。つまり、もう大昔の話なんですけど、ご了承ください。

ホームスクーリング家族との出会い

井ノ口

ホームスクーリングを始めたきっかけはありますか?

藤村

それはホームスクーリングをしている子どもたちとの出会いがあったんです。ある家族がバンドをしていて、お米から野菜から、自分たちで食べ物を作って、学校に行かずにそれぞれ自分で学んでいるという家族との出会いがものすごく衝撃的でした。学校に行っていない子どもたちが、すごく品格を感じられて、聡明で。学校に行かなくてこんなふうに育つんだって驚きました。長男はまだ母乳を飲んでいるような赤ちゃんだったんですけど、そういう生き方が私の中に入ってきたんですね。もっと知りたいと思って、何度も通いました。子育ての仲間たちとも一緒に行ってホームスクーリングについていろいろ聞いたりして。イメージは湧いていたんですけど、まだまだ先のことだと思っていたんです。

藤村

でも案外すぐにその年齢に来てしまったんです。ホームスクーリングのいいところもあれば、学校教育のこういうところが、という思いもありました。一方で、果たしてこの子が本当はどうしたいのかなという思いがありました。5才、6才でしょ。当時は食についてもこだわりが強かったので。京都でオーガニックのレストランを夫婦でやっていたんですけど、迷いながらのスタートで、とりあえず入学式だけ行ってみようか、という感じで。

井ノ口

入学式に行ってみて、どうだったんですか?

藤村

そしたら次の日からは「僕は行かないよ。自分で勉強します」って自分で決めたんです。

藤村

6才の子どもが自分で決められるんかなとか、親の価値観に合わせてそう言ってしまったのかなと、また分からなくなってしまいました。でもある人に、そのくらいの年齢の人でも、ちゃんと決める力はあるって言われたんです。入学式のときに行って、それなりに雰囲気を感じて出した答えなんだから大丈夫だよって。そっから学校に行かない暮らしが始まりましたね。最初は1年生のやるようなことをこなそうとしたんです。足し算とか、掛け算とか。時間はたっぷりあるので。でも、やっぱり親子って、教える側と教えられる側が親子の場合、うまくいかないんですね。私たちも未熟な人間だから、イラッとしたりする。子どもも眠たいって言い出すし。どっちもハッピーじゃなかった。

教えないという選択

藤村

もう一切やめようと思って、何も教えないということにしたんです。だから1年生だけど、足し算もできないし、多分字も分からないような感じで。1年生、2年生、3年生ぐらいまでいってたんですね。学校に行っていない代わりに、いろんなことを経験しようということで。旅もしました。ネパールとか行ったり。例えば、パスポートにサインするでしょ。ちゃんと字が書けないわけです。もう8才になってるのに。買い物もするので、簡単な足し算も必要だし。ということで、簡単な数学と読書ぐらいをやろうかと、8才ぐらいでワークブックを取り寄せてやってみたら、すぐできるんです。1年生のときあんだけ苦労したのに。つまり、数に対しての概念が、自然に生活の中で備わっていたんですね。

藤村

1年生から毎日きちんと座って「1足す1は」と教える必要はなかったんだと思ったんです。その子の脳が、いろんなことが理解できるようになる年になると、1年生の分の算数も一瞬でできるようになるんです。2年生も、その子のタイミングではすぐできて。8才ぐらいだったかな、そのくらいのレベルまで達したんですよ。そしたら、学校の1年生はずっと教室で座っているわけでしょ。本当は、こんな自然の中で走り回ったり、生き物を見つけたり、そのときにしかできないことがあるんですね。雨が降ったら家の中で何かしよう。天気がいいから山に行こう。そういう自分の気分で、その日1日を決められるのがホームスクーリングじゃないですか。学校に行ったらそういうのはないでしょ。もったいないなと思ったんです。

好きなことが全ての学びにつながる

藤村

長男を見ていて思ったのは、そういう年頃から、もっと知的な、何か知りたい欲求があるんだろうなということです。アンテナを張っているんですね。あるとき、年上のお兄さんが歴史の本を持ってたんです。大河ドラマで上杉謙信のことをやってたんですかね。それで戦国時代が彼の頭の中に入ってきたみたいで、いろいろ調べ出したんです。私たちも図書館に行って、歴史関係の本を選んで持って帰りました。そしたら毎日毎日それを読んで、書くということを始めたんです。例えば武田信玄なら、何年から何年で、肖像画を書いて、兵について調べたことも書くんですよ。マニアックな武将についても、その特徴を書いているんです。図鑑から写したのかって言ったら、何冊か借りたものを自分で編集して書いてるんです。こういう文章力も自然に身につくんだなって思いました。

井ノ口

すごい!自分で編集して書いてるんですね。

藤村

ずっと歴史をやって、途中で世界史に移って、毎日世界地図を書いていたんですよ。戦争のときに植民地や領土が変わるでしょ。その変わるバージョンを毎日書いていたんです。時間はたっぷりあるから。ある程度までいったら、サッカーや野球に夢中になったんですね。でも一緒にやる相手がいないから、想像上で書くんです。試合の成績や得点、数学的な要素も入ってくる。サッカーは海外のチームが出てくるでしょ。それまで世界地図を散々書いてるから、どこの国かが分かるんです。好きな選手とか、その国のことをちょっと読んだりして、そこでまた世界が広がっていくんですね。

藤村

クワガタやカブトムシなど、生き物も好きだったから、飼い方の本を見るでしょ。何リットルの水槽とかが出てくるんです。それで一つ一つ、時間はたっぷりあるから、何リットルの水槽で水がどのくらい、とか。そういうのも自然と自分で理解していく。一つ極めていくと、全ての学びに繋がるんだなって思いました。学校だと、国語の時間、算数の時間で分かれているでしょ。ホームスクーリングだとそれがないんです。こっちに興味があって行って極めていくと、全部がいつかは繋がるんだなと思って。

学びの継続性と新しい環境への適応

藤村

小入谷に引っ越してきてからは、何となく学校に行くようになったんです。少人数の小学校で、うちの兄弟が行ったことで一挙に9人になったんです。市営住宅の隣が毎日学校に行く兄弟だったので、誘ってくれるんです。何となく学校生活が始まりました。でも、それまで学校をほとんど行っていなかったのに、ちゃんとついていってるのがすごいなって思って。生まれて初めてのテストが、江戸時代のテストだったんです。散々自宅でやってたから、わかったみたいで。ちゃんとテストもできてすごいなって言われたんです。ただただ好きでやってたことが、全部が学校の学びにも結局通じているんですね。それは面白かったです。

井ノ口

へえ!好きでやっていたことが学校の学びにも通じるって、面白いですね。

藤村

ハマる時間がたっぷりあったから、映画の『ロード・オブ・ザ・リング』にもめっちゃはまったんです。原作も読むし。想像の中で、隣の子と一緒にごっこ遊びをしたり、森の中でそのイメージで遊んだり。戦闘シーンもひたすら書いてたんです。ロード・オブ・ザ・リングの中つ国という地図を想像で書いて、その国のそれ以外のところも想像で書いて。話の続きも書いてみたり。とにかく、その映画でどんだけ日々を楽しんだかって感じですね。鉄を焼いて剣を作るシーンがあるんですけど、それを見て、お風呂に入ってるときに釘を焼いて叩いてみたり。それも面白かったですね。

退屈は悪いことじゃない

藤村

ハマり放題ですね、本当に。時間は湯水のごとくあるから。好きなときに起きて、好きなときに寝て。良かったと思います。周りの大人に「友達もできないし、学校に行った方がいい」と言われたこともあったんですけど、野球にハマってたときに、将来野球もやりたいし、勉強もできるようになった方がいい、野球できる友達も欲しいから、ちょっと学校に行ってみるわ、って自分から言ったんです。3日ぐらい学校に行ったことがあるんですよ。にこにこしてバスに乗って行きました。1日目もニコニコしてたんですけど、2日目ぐらいから、すごく疲れたって。目がくっつくって言うんです。

藤村

それまで眠くなるのを我慢するとか、そういう経験がなかったんですね。寝たいときに寝て、起きたいときに起きて。我慢して座って先生の話を聞くと眠くもなるでしょ。そういう経験が今までなかったんだなと。毎日自分の時間を楽しくやってたからでしょうね。退屈な日が何日か続くと、何か始めるんですよね。退屈すぎて、退屈に飽きて。それも面白かったです。だから退屈は悪いことじゃないっていうのは、いつも思いますね。

井ノ口

退屈に飽きるって、おもろいですね。

藤村

退屈さしておかないという風潮が多いでしょ。幼稚園とかでも、何か次々とさせないといけないみたいな。でも退屈の時間ってものすごい可能性のある時間なんだなって思いますね。

子育てを通じた親自身の学び

井ノ口

ずっと私は小中高大と、勉強し続けて塾にも何年も通ったので。机に座って先生の話を聞くこと、計算ドリルとか漢字ドリルをやることが勉強だと思ってここまで来たんですけど。最近それが、それだけじゃないのかなって思い始めて。ゆみえさんにとって、勉強ってどういうものなのかなって。

藤村

子どもたちの学びについてではなくて、私自身まだ学んでいるんです。子育てを通して、4人いて、みんなそれぞれユニークで面白いんですけど。ここ最近、上の子の世代が育った時代と末っ子とで、ものすごいギャップを感じてます。タブレットが導入されたんですよ。娘が1年生のときに。その違いがすごく激しくて。私たちの方がそれについて行けないという感じです。新しい子育ての局面で、大体みんな長男みたいに育つんだろうと思ってた安定したものを、やっぱり末っ子が壊していくんです。新しい時代で、それを私たちがどういうふうに受け止めていくかというのが、私自身の、人間としてのこれからの修行だなと思います。

井ノ口

ゆみえさんもまだまだ模索中なんですね。ありがとうございます。

まとめ

今回は、ホームスクーリングの経験を通じた「学びの本質」について伺いました。子どもの内なる興味から始まる学びは、教科書の枠を超え、歴史から地理、数学、文章力まで自然とつながっていく。同時に、「退屈は悪いことじゃない」という言葉は、子どもの可能性を信じることの大切さを教えてくれています。

この記事を書いた人

Inokuchi Tamakiのアバター Inokuchi Tamaki 学校行かないカモラジオインタビュアー・Flyingエディター兼ライター

学校行かないカモラジオインタビュアー・Flyingエディター兼ライター。
不登校の周りにいる大人の一人として、リスナーと一緒に不登校のことを少しずつ勉強中。

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