#75「繋がることは、義務ではなく権利」藤田恵理さん(2025.10.13)

第75回は、ゲストに不登校の親の会 cottonの藤田 恵理さんをお迎えしております。今回は、息子さんの不登校をきっかけに抱えた葛藤や、「地獄の無限ループ」と語るほどの苦悩を経て、「cotton」を立ち上げた経緯をお話しいただきました。 「繋がることは義務じゃなくて権利」という藤田さんの言葉には、誰かと関わることが苦手な人への深い理解が込められています。

藤田 恵理さん
滋賀県長浜市を拠点に、不登校の親の会「cotton~こっとん~」と、HSC(ひといちばい敏感な子)の親の会「ぞうさんのはな」を主宰。「学校に行かない・行けない・行きたくない」子どもたちや、ひといちばい敏感な気質を持つ子どもたちと共に歩む親御さんが、安心して思いを共有できる居場所を目指し、活動を続けている。自身も3人の子どもを育てる母であり、しんどさを一人で抱え込まず、誰もが安心して話し合える関係づくりを大切にしている。

cottonとは
滋賀県長浜市を拠点に活動する不登校の親の会。登校しぶりや不登校の子どもを持つ保護者、不登校経験者、不登校に関心のある方が参加でき、地域や立場を越えて安心して思いを共有できる場づくりを目指している。「一人で抱え込まない」「自分を責めない」を大切に、話したくないことは無理に話さなくてもよい、否定しない、発言を外に持ち出さない、といったルールを設けることで、安心して参加できる環境を守っている不登校/ひきこもりサポートブックver.02 2025年3月(長浜市・米原市・彦根市・犬上郡・愛知郡エリア)を発行。

井ノ口

まず、cottonを藤田さんが始められたきっかけについて伺います。お子さんが学校に行き渋りを始めたことが大きかったとお聞きしました。当時のことを少しお話しいただけますか。

藤田

息子が小学校に入学して、1週間ほどで「行きたくない」と言い出したんです。正直、「早い早い!」って思いました。(笑)

もともと新しい環境に慣れるのが苦手な子ではあったので、不登校という言葉は頭の中にぼんやりあったのですが、それにしても1週間は早すぎると驚きました。

まだ小学校がどんな場所かもわかっていないし、「これは慣れていないだけだろう」と思って、先生にも「とりあえず連れてきてください」と言われたので、最初は母子登校をしていました。

1学期の間は親子で本当にすったもんだでした。

でも状況は良くなるどころか、どんどん悪くなっていって……。
そうなると「私の関わり方が間違っていたのかな」とか、「周りからいまの状況をどう思われているんだろう」というプレッシャーが強くなりました。

目の前には本当にしんどそうな子どもがいるのに、その子に無理をさせて学校へ連れていく自分への違和感も大きくて。

「学校にすら行けないなんて、この子の将来はどうなるんだろう」という不安もあって……。

本当にそのあたりの“地獄の無限ループ”をずっとぐるぐる回っていた感じでした。

1学期が終わって夏休みに入ると、息子が途端に元気になったんです。
「私、間違っていたな」と思いました。


まだ6歳、7歳の子なのに、表情がなくなって、生きる気力のようなものもスコンと抜けたようになっていたのを見て、「こんな状態にしてまで学校に行く必要はないのでは」と、夏休みの間に強く感じました。
それで2学期からはもう学校には行っていません。

井ノ口

子どもを尊重する、と決めてから、藤田さんが苦労されたことはありますか?

藤田

1学期の母子登校から行かなくなるまでの間、ずっと自分の中にモヤモヤがあって……。

世の中には「学校へ行くのが正義」という雰囲気もある中で、「学校へ行かなくてもいい」と決めた母親への視線がときに厳しいと感じることもありました。

もちろん、いろいろな本や人の話を聞いて、不登校とは何か、どう関わるのが良いのか、頭では理解していました。でも腹にはまだ落ちていなかったんです。「理屈はわかる。でも……」という状態でした。それでも、目の前の子どもの精神を守ることが最優先だと思い、外の声は一旦シャットアウトして、学校にも「子どもの意思に任せます。今は行きたくないと言っているので行きません」と伝えるようにしました。

おもしろいことに、学校に行かせようと頑張っている間は周りの目が温かかったんです。「お母さん、よく頑張ってるね」と。

でも「行きません」とはっきり伝えるようになると、急にいろんな“アドバイス”が飛んでくるようになりました。

ある人には「お母さんが甘やかしすぎて母子分離できていないから不登校になったんじゃない?」と言われ、次の日には別の人に「下の子に手がかかって上の子をほったらかしにしたから学校に行けなくなったんじゃない?」と言われ……。

そのとき私は専業主婦だったのですが、今度は「ずっと家にいるから、子どもも家にいたくなるんじゃない?」とも言われました。でも、親の会で聞くと逆のケースもあって、働いているお母さんには「仕事で忙しくて子どもさんに目が届いていないからじゃない?」と言われたり。

どっちなんだろうと、本当におもしろいくらい“理由”が何でもありなんです。そして親はどれも否定しきれない。何かしら思い当たることはあるから。だからこそ、本当にああいう言葉はやめてほしいなと思います。誰にでも刺さるから。

井ノ口

そうやってお母さんたちが孤立感を深めてしまう状況が、本当に今多いと感じます。藤田さんは、そこから親の会を立ち上げられましたよね。そのときの思いや原動力のようなものは何だったのでしょうか。

藤田

うちの子が不登校になってから2年後に親の会を立ち上げたんですが、その2年間、私は特にどこかとつながっていたわけではなかったんです。講演会を聞きに行ったり、勉強会に参加したりはしていましたが、地域の親の会に所属したり、コミュニティに入るということはしていませんでした。

多分、珍しいケースかもしれません。
というのも、私は人が嫌いというより、人が怖かったんです。自分自身をあまり信用できていなかったから、人も信用できなかった。だからこもっていました。

でも、やっぱり1人でこもるのはしんどい。限界が来て、地域にも親の会が一つあると聞いて、参加したかったのですが、時間帯が夜で、下の子がまだ小さかったので参加が難しかったんです。

そこでその会の代表の方に相談したら、「ちょうど昼の場が欲しいと思っていた」と言われて。「じゃあ私やります」と言って立ち上げました。

井ノ口

なるほど。最初からつながりを求めて動いたというより、葛藤が積み重なって限界が来て、「もうこれは必要だ」と思ったところから始まったんですね。cottonでいろいろな保護者の方と出会う中で、印象的だったことはありますか。

藤田

やっぱり、最初の段階の保護者さん——子どもが行き渋り始めたばかりとか、今まさに不登校になったばかりの頃の方って、もう一言しゃべるだけで泣けてしまうんです。本当に。

「今日はずっと泣いていたな…」という日もありますし、言葉が出なさすぎて状況がよくわからないまま終わる日もあります。
でも、だんだん段階を踏んでいくんです。

少しずつ状況説明ができるようになって、周りとも話せるようになって、気づけば「あ、笑ってはる」と思う瞬間が来る。結構あります。

そんなお母さんたちを、また初期のお母さんが見たときに「私、あんなふうになれません」とよく言われるんです。「藤田さんみたいにゲラゲラ笑って話せません」と。

でもそのたびに、「ちょっと待ってください。この人も最初はこんなんやったんですよ」と伝えると、少し安心されて、ちょっと希望が見えるようなんです。

井ノ口

不登校の子どもを持つ保護者がつながる場所って、病院などもありますが、親の会ならではの役割って何だと思いますか。

藤田

特徴としては 同じような経験をした人がいる ということだと思います。

目線が同じ。同じではなくても似たような、あるいは共通点のあるしんどさを経験している。

そして、不思議なことに、みんなズタズタに傷ついているからこそ、安易に人を傷つける言葉にならない。そこが大きいと思います。

それから しゃべらなくていい というのも親の会の良さです。
カウンセリングみたいに一対一だと、60分黙っているのは気まずい。でも親の会なら、今日は聞いているだけで全然問題ない。話したくない日は話さなくていい。そういう関わり方ができるのが大きいです。

あとは子どもの話だけじゃなくて、自分の話ができる のも親の会ならではだと思います。
参加者によって場の雰囲気は変わりますが、しんどい時期の人がいるときはそのことを中心に話すし、同じ顔ぶれで特別な議題がない日は、どうでもいいしょうもない話しかしません(笑)。

でも、そういう「目的も意味もない話をしていい場」って、とても大事なんじゃないかなと思っています。

井ノ口

ほんまに雑談って大事ですよね。では最後の質問です。収録の前、藤田さんが「つながることは義務じゃなくて権利ですから」とさらっと言われたのが、とても印象的でした。つながることが“絶対”ではないと言い切れる、その背景にはどんな理由や経緯があるんでしょうか。

藤田

さっきも話しましたが、私はもともと人と気軽につながれないタイプだったんです。

そのハードルの高さを抱えている人の気持ちは、すごくよくわかります。つながることそのものが、しんどいというときって誰にでもあると思うんです。

今、この不登校の界隈っていう言い方が正しいかわかりませんが、「どんどんつながっていきましょう」という流れがすごく強いんですよね。

「不登校の子どもがよりよく生きるためには、親子関係をよくするためには”つながらなければいけませんよ」と言われ続ける空気がある。
それって、すごく息苦しいなと思って。

つながっていようが、つながってなかろうが、本来は必要な情報や資源にアクセスできることが理想なんですよ。

でも現状では、つながるのが得意な人、外に出ていける人だけが情報を得やすい構造になっている。
ここを無視したまま「はい、つながって頑張ってね」というのは、なんだか自己責任論っぽくてイヤなんです。


「あなたが頑張ったら何とかなるでしょ?」って言われているみたいで。

今しんどい人に、どうしてさらに「頑張れ」と言うんだろうって思います。

だから、つながりたい人はつながったらいいし、つながるメリットは確かに大きいと思う。でも、つながりたくない人はつながらなくてもいい。それがちゃんと尊重される社会であってほしいと思っています。

井ノ口

本当にそうですね。なんか、いつのまにか“不登校も自助努力でどうにかしなさい”みたいになっているところがあって、それは苦しいですよね。

サポートブックについて少し伺いたいのですが、長浜、湖北地域のサポートブックの作成にも関わっておられたと聞いています。あれを作った思いとしては、やっぱり「保護者が頑張らなくても情報にアクセスできるように」という部分が大きかったんでしょうか。

藤田

もちろんです。
それに、学校の先生が困っておられたという事情もありました。
知り合いの先生が「本当は紹介したいんです。こういう親の会があります、こういうフリースクールがあります、と伝えたい。でも学校としては紹介するのが難しい」とおっしゃっていて。

当時は教育機会確保法もなく、制度として後ろ盾がなかったんですね。
だから、「まとめて一冊にしたら紹介しやすいんじゃないか」という思いもあって、サポートブックを作りました。

まとめ

はい。 いかがでしたでしょうか? 藤田さんのお話から、不登校に向き合う親に対する理不尽な視線や、不登校の子どもと向き合う保護者を支える場の大切さを本当に感じたと思います。

親の会 cottonでは、ただしんどさを共有するだけではなく、笑いとか雑談があってもいいし、喋っても喋らなくてもいい場所というのも、保護者の方の安全な場を形づくる一つの要因だと感じました。 今回のお話を聞いて、改めて不登校の問題は親や子供自身に押し付けるのではなく、地域全体で考えていけたらいいなと思いました。

この記事を書いた人

Inokuchi Tamakiのアバター Inokuchi Tamaki 学校行かないカモラジオインタビュアー・Flyingエディター兼ライター

学校行かないカモラジオインタビュアー・Flyingエディター兼ライター。
2002年生まれ、滋賀県出身。人と自然の関わり、政治や教育のあり方に関心を持ち、各地で取材を行っている。

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